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【奇談】ベルトコンベア

ベルトコンベア 怪談・奇談
怪談・奇談
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ベルトコンベア

 夢だと思い込んでいたがそうじゃなかったんだな。手も足もガチガチに縛られてベルトコンベアに載せられた私は奇妙なことに冷静だった。視界に入る漆黒の闇と水滴の反響音は恐怖心を煽るよりも先に穏やかな静寂をもたらしてくれていた。─────そうだな、私は心が疲れてささくれ立っていたのだろう。無口で無愛想な初老のオヤジが繊細な一面をお披露目ひろめしたところで、誰も一顧いっこだにしないだろうことは想像するに容易たやすい。コンベアはゆっくりと、そして少しずつ確実に進んで行く。背中に振動は感じるが音は全く聞こえない…ベアリングにたっぷりと潤滑油がしてあるのだろうか。こんな時でも想像力が働くのだから人間は凄い。

 警察官になってまだ数年の頃、もう30年以上も昔の事だ─────。若い母親と幼い娘が轢き逃げされる事件が起こった。現場は凄惨を極めており、初動捜査に駆けつけた当時の私は野次馬の多さに怒りを感じずにはいられなかった。

 …若かったんだよ私も。若くて未熟だった。あの時もっとしっかりと捜査に時間をかけていたら…、聞き込みの範囲を広げていたら…、何度も何度も悔やんだが犯人逮捕に至る事ができなかった…。独り残された夫であり父でもある彼に、私は同情を禁じ得なかった。幼い我が子を理不尽に奪われた苦しみを想像するだけではらわたから煮えたぎる怒りが立ちのぼってくる。彼が未だに苦しんでいたとして…、家族を奪った犯人を八つ裂きにしたいと願っていたとして…誰がそれを咎められるのだろう。まだ小さかった自分の子ども達の顔が脳裏をよぎった。─────だから最近になってあのニュースを知った時、私は罪悪感の大海原おおうなばらで溺れてしまいそうになった。私達警察が事件を解決していたなら…。その手で復讐などさせずに済んだのだ。

 当時の上司と弔問に訪れた際に、彼は手ずから珈琲を淹れて振る舞ってくれた。捜査の進捗しんちょく状況は一向にかんばしくなく、申し訳ない気持ちでいた私達に気を使ってくれたのかも知れない。人は傷付いている時ほど他人にも優しくなれるという哀しい心理を私も学びつつあった。

 こんなに美味しい珈琲は味わったことがない。そう伝えると憔悴しょうすいした顔に少しだけ生気が戻った。…亡くなったお嬢さんが真似をしてインスタントのコーヒーを上手に淹れてくれるようになった・・・のだと、生前の喜びを語る様子に私は胃の腑がギュウ…と締め付けられた。仏前の母娘の写真の前に金色の珈琲スプーンが供えてあるのはそういう事だったのかと納得した。

 スプーンの柄には猫の装飾が施してあり、宝石のようなガラス細工がキラキラと虹色の輝きを放っていた。

 ゆるゆると進むベルトコンベアの先に、ぼんやりと誰かがたたずんでいるのがわかった。─────いや、感じたというのが正しい。これも罪悪感が見せる夢幻まぼろしなのだろうか?つい先日に観た動画のせいで私はあの子の顔を思い出してしまったのだ。金色のスプーンが供えられた写真に写るあの子の顔を。コンベアがゆるゆると進んで行き、私はようやく恐ろしさを覚えた。あの子が近づいてくる…いや、私が近づいて行くのだ。─────近づいて行く、ゆるゆると。近づいてくる、ゆるゆると。あの子の顔には影がかかっていて表情はわからない。私はたまらず目を瞑って息を止めた。

 政夫まさお!!政夫まさお!!体を揺さぶられて目を覚ました。親父が心配そうに私を見下ろしている。どうした政夫まさお、随分とうなされとったぞ。…お袋の三回忌で実家に帰っていたのだが、いつの間にか寝てしまっていたようだ。

「…親父…。聞いてもいいか?」

「何だ?遺産の話なら俺が死んだあとに勝手に争え。」

「違うよ。親父のその耳、ミミハゲサマに取られたんだろう?どうして逃げなかったんだ?」政志まさしの話ではそうらしい。親父は少し迷ったようだが教えてくれた。

「…俺は猟師だからな。車で轢いたりしちゃぁいねえが、生きもんの命を喰らう生業しごとでこの歳まで生かしてもらっとる。山に還れってことなら仕方ねぇ、そう思っちまったんだ。」

 …親父らしい理由だ。そう言えば政志まさしの奴遅いな、と親父が言いかけたと同時に本人がドタドタと帰って来た。相変わらず賑やかしいのは置いといて、上から下まで泥まみれなのはどうしたことだ!?親父が激怒している。

政志まさしぃ~お!!今すぐ家から出てけ!!川で洗ってこい!!!」風邪引いちまうだろ~爺ちゃん、と負けじと言い返す。

「父さん、これ頼む。」政志まさしの手には泥まみれのスプーンが握られていた。

 これをどこで…?私は混乱していた。ここに来る道を少し外れた所だよ、あの動画に映っていた小さいミミハゲサマをこの山にいる大きいミミハゲサマの所に連れて帰って来ただけだと何でもない風に息子が語った。親父も私もポカンと口を開けていたに違いない。一緒についてきた女の子が落としたんだよ、チャリーンってね。もういらないから父さんに渡しといてくれって、父さんさぁ幽霊ちゃんと知り合いなら言っといてくれよ。にゃははは。─────いらない…?どうして─────。泥で汚れたスプーンをてのひらで拭う。

 親が迎えに来たんじゃない?暖かい光がパアッと寄ってきてさぁ、女の子と一緒に空の方に上がって行ったように見えたから。小さいミミハゲサマも迷子だったのか知らねーけど、大きいミミハゲサマと仲良く山んなかに帰って行ったし一件落着なんじゃねーの?にゃははは。…は?父さん泣いてる!?珍しいな、写真…いや動画に撮ってもいい?母さんも驚くぞォ!!ごつんッ!!と爺ちゃんの拳骨の音が響いた。

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