赦されざる者の告解
全能なる神よ───憐れみ深く慈しみに満ちた御方よ。私の咎(とが)をどうかお赦しください。
女は真摯に赦しを乞い続けていた。教会でも何でもない場所だというのに、彼女はまるで告解室で懺悔しているかのように跪き強く握りしめた両手を胸に抱き合わせている。そういう映画の観すぎではないだろうか…あるいは噂に聞いた中二病とかいうアレを患っているのだろうか………どう見ても成人だが。男は混乱しながらも恐る恐る女に尋ねる。
「あの…、あなたはいったい…。」どちら様でしょうかと続ける間もなく、女が狂った嗤い声をあげた。
あふぁひゃひゃははっハッはァ
男はさすがに空恐ろしくなり、いささか荒くなった語気を強めて女を非難する。
「ちょっとあんた!!」
グルリ─────と歪な角度に傾けた頸に異様な形相を浮かべた女はドロリと濁った眼で男をねめつけた。「───そうでしょうとも。私の事などご存知なくても当然よねぇ。」
女の唇が厭らしく吊り上がっていった。
「貴方は御自分の事しか興味がないのですものねぇぇぇぇぇぇ。」
そう言って女は思い切り顔面をゆがめる。それはとても笑みとは思えぬ憎悪に彩られ、男の肝を芯まで冷やした。
「いい加減にしろッ!!あんたは一体誰なんだ!?」
どうして俺の家に居るんだ!? 妻は─────子ども達は何処に─────!!! 女がスッと指し示したのは閉めきられた和室の方だった。ニタニタと嗤い続ける不気味な女を警戒しながら襖を開けると、妻と娘が変わり果てた姿になって寝かされていた。
「…何故…」
女はケラケラと愉快そうに嘲笑って猫なで声で話し始める。すべては貴方のせいなのだと。残業だ出張だと頻繁に家を空け、家族をずぅーっと蔑ろにしてきたのでしょう? 奥さんが愛人を作って家庭を顧みなくなっても素知らぬ顔、お嬢さんの素行不良にも関心すら持たず。そんな荒みきった生活を続けた息子が学校でどんな残虐なイジメをしていたのかなんて想像にも及ばないんでしょうねぇ。男の人って仕事が忙しいと言えば何もしなくても許されると本気で思っているのかしら? 滑稽よね。───妻が…!?男は女の話す言葉に衝撃を受ける。娘が…!?───どちらとも何年もまともに口を利いてなどいなかった。そして女はピタリと笑うのをやめた。
私の息子は貴方の息子にイジメられて命を絶った…
だから、ね? 貴方も死んで我が子の罪を雪ぎましょう? 女に気を取られていたからなのだろう…背後から忍び寄る足音にも震える手に握られた包丁にも男は最後まで気がつくことはなかった。それは紛うことなく神の御慈悲に違いないと信心深い者であればあるほど確証を得たことだろう。
神よ、私は罪を告白します。どうか豊かな憐れみをもって私達の罪を洗い清めてください。女は真摯に赦しを乞い続ける。だが果たして赦される日など来るのだろうか───家族を殺す手伝いをしてくれたら貴方だけは見逃してあげると、悪魔のように囁いて彼を騙した大罪が………
無関心は罪になるのかならないのか…難題ですね。
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