ガチャ
「ねぇママー、ガチャガチャしたーい。」我が子のおねだりに渋い顔をして答える母親の姿。「一昨日もしたでしょう?今日はダメよ。」とたんに駄々をこねて泣き叫びはじめた幼子に心底ウンザリした様子で百円硬貨を何枚か渡す母親は怒り心頭の様子。この場に他人の目がなければ叱り飛ばして放置しておけたかもしれないが、デパートの一角ではそうもいかなかったようだ。ガシャンとレバーを回して転がり落ちたボール玉を嬉しそうに取り出して母親に手渡す。カプセルを開けてもらうためだ。───はたして中に入っていたものは───?「やったぁ!!ミミハゲサマだぁ!!」黒いフサフサの毛玉のようなマスコットを手にはしゃぐ子どもの喜び具合から察するに当たりの部類だったらしい。「またぁ?ミミハゲサマは何個も持ってるじゃないの。」明け透けに不満を表す母親に幼児が負けじと言い返した。「でもシークレットだし!!ミミハゲサマとコハゲサマが一緒のやつだし!!」───なるほど、よく見ると大きな毛玉のマスコットと小さな毛玉のマスコットの2連タイプのストラップのようだ。去年だかに流行した人気アニメのキャラクターで親子の妖怪だったか…疎い母親にはその価値はわからないが、大切そうに自分の小さなリュックサックにしまっている我が子の姿に少しだけ気持ちが和らいだようで話しかける声にも優しさが戻っていた。「プリモンのお菓子も買って帰ろうね。カードがついてるやつ。」「やったー。」なんとも微笑ましい母子の最後の会話だった。※プリモン…人気アニメ「プリティ☆モンスター」の略
また来てるよ…。
あの女の人、なんでガチャガチャばっかりしてるか知ってる?あのね…
ガチャガチャコーナーにさぁ~、いつも居るじゃん?あのオバさん。これって噂なんだけどね?
ガシャンとレバーをまわす。取り出し口からカプセルを取り出し力を込めて捻る。───はたして中に入っていたものは───?「…違う…あの子じゃない…」生気のない声でボソリと呟くのはいつかの母親の成れの果てだった。身綺麗にしていた以前とは比ぶべくもないうらぶれた佇まいで、まるで憑かれたようにガチャガチャを回していた。
子どもさんがね、行方不明になったんですって。
まだ見つからないの?もしかして誘拐とか??嫌だぁ、恐いわね~。
違う…あの子じゃない…あの子じゃない…
…それでね、お母さんもおかしくなっちゃったんだって。子どもがガチャガチャの中に閉じ込められてしまったから、早く助けてあげないとって。
可哀想にねぇ。
ママが助けてあげるからね…絶対に。待っていてね…
可哀想にねぇ。───それよりさぁ
その時実際に何が起きたのかは彼女には知る由もない。ほんの一瞬我が子から目を離した隙に、あの子の姿は煙のように消え失せてしまっていたのだから。だけど彼女は確信していた。あの子はガチャガチャの中に居るのだと。あの無数のガチャガチャの中のどれか、数多あるカプセルの1つに閉じ込められているのだと。…なぜなら、彼女の耳は確かに捉えていたのだ。我が子のために何度も何度も力を入れて捻り開けていた、あのカプセルを開ける音を。───あるいは閉める音を───
キュポッ
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