ミミハゲサマ
冷房の効いた部屋から出たので仕方ないとはいえ、ジットリとした空気はどうにかならないのか?
初秋とは名ばかりのムシムシした夜にうんざりしながらサンダル履きで歩く。
家からコンビニまで徒歩で5分。まあまあ便利で助かる。まずい、鍵かけ忘れた。
友人「すぐ戻るんだから大丈夫だろ。なぁ?」振り返る。
友人の彼女「あの子達が留守番してるんだから平気よ~。酔いつぶれちゃってるけどね~。」
それもそうだな。酒とツマミを買ってさっさと帰るか。
隣人の妻「やだー。何あれ!?」
隣人「どうした大声出して。夜中に近所迷惑だろうが。」
いやいや奥さんどうしたんですか?えっ?車の下?
隣人の子ども「黒いやつ!黒い大きいやつ!!」興奮した様子で腕を広げる。
コンビニの駐車スペースに停められた何の変哲もない霊柩車の下を黒い大きい何かが走り去って行ったらしい。猫か?
妻「あんな大きな猫がいるわけないわよ。それに逆さまにぶら下がってしがみついたり出来るわけないじゃない。」
小馬鹿にしたような口調に思わずムカッとする。
妻の上司「じゃあ犬ですかね。それとも猿?」餌を探して山から下りて来ると昼のニュースでやっていた。
祖父「ミミハゲサマかも知れんな。」したり顔で何度も頷く。
祖母「やーだぁこの人ったら、まぁたそんな事言ってぇ。ボケちゃったんじゃないでしょうねぇ。」
いやいや婆ちゃん言い過ぎ。爺ちゃん機嫌そこねちゃうから。あっ!駄目だ。帰っちゃったよ。
恩師「───ミミハゲサマか。久しぶりにその名を聞きましたね。」
ご存知なんですか先生。
恩師の母「この辺りに伝わる昔話ですよ。そうね、若い人はもう知らないでしょうね。」悲しそうな顔でため息をつく。
お袋「…。」
住職「車に轢かれて死んだ動物達の無念が寄り集まり、祟りを為す邪霊となる…そのような言い伝えがあるのは確かで御座います。」
近所のおばさん「…可哀想に。何とか助けてあげられないんですか?」
無念をはらす…って、つまり呪い殺すってことか?だったらそのミミハゲサマがしがみついていた車の持ち主が危ないってことじゃないのか!?
コンビニの店員「あーね。だから最近よく店の前で事故ってるワケね。」
それ見ろ!人が死ぬんだぞ!!ヘラヘラ笑ってる場合か!!えっ?車が故障するだけ?怪我無し?
親父「ケの話はするなよ。いつも言ってるだろ。」真顔だ。
すまん忘れてた。だけど俺はこのまま放って帰れない。今までは運良く怪我無くてすんだけど、次はケが無しじゃすまないかも知れないだろう。
禿げ頭「おいっ!!ケの話はするな!!死にたいのか!?」
すまん悪かった。なぁ、黒い大きいやつはどの車にしがみついていたんだい?
みんなが指差す先にはパトランプをゆっくりと回転させたパトカーが停まっていた。まさか緊急車両にミミハゲサマが祟りを?
若手警察官「すみませ~ん、身分証明書はお持ちですか?」
ベテラン警察官「いやぁ涼しくなってきましたね。お兄さん、この近所の人かな?」
全員が俺を見つめる。俺はコンビニの中から様子をうかがう女性店員を見つめる。
若手警察官「駐車場で一人でお芝居?をしている人がいるって通報がありまして。」
ベテラン警察官「お兄さん、お酒どれくらい飲んだの?ちょーっとパトカーの中で休もうか?」笑顔だが目は鋭い。
仕方なく俺はミミハゲサマの祟りを二人に教えてやった。しばらくしてパトカーは署に向かって走り出した。俺を乗せて。
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