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【怪談】不可侵の花束

【怪談】不可侵の花束 怪談・奇談
怪談・奇談
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───その花束に触れていけないよ。なぜかって?

不可侵の花束

その異様な光景に気がついたのは、私がまだ小学校の低学年だった頃だと思う。母親に手を引かれて横断歩道を渡ったその先の白いガードレールに色とりどりの綺麗な花束がくくり付けられていて、そこを通るたびに何となくゾワゾワとした例えようのない感覚に襲われるのがとても嫌だったことを覚えている。花束の下には缶ジュースやスナック菓子などが積み上げるように置かれていて、幼心おさなごころにも触れてはならないという雰囲気を肌で感じ取ったものだった。その道を通った後に決まって言い聞かせられる母の言葉で、そこが自分と変わらない歳の子どもが交通事故で死んでしまった場所なのだと朧気おぼろげながら理解していた─────つもりだった。

「これなぁに?」5つになったばかりの我が子に尋ねられた私は言葉に詰まってしまった。…あれから何十年も経ったというのに…このガードレールには相変わらず綺麗な花束が括り付けられている。好奇心をあらわにしたキラキラ光る瞳で見上げてくる子どもに、いつかの母と同じように辛抱強く何度も言い聞かせる。…言い聞かせなければならないのだ…この子の為に、家族の為に。

最初はお爺ちゃんだったと思う───。歩道から溢れ出しそうな「お供え物」を片付けた数日後に消息を絶ち、しばらく後になって発見・・された。当時の新聞に小さく記事が載ったと母が言っていた。次に居なくなったのは新聞配達のお兄さんだったと思う。その次はタクシーの運転手さんで、その次が交番のお巡りさんとお巡りさんを探しに来たお巡りさん。そして、ローカルテレビ番組のロケのために東京から来た芸人さんコンビ2人ともが失踪した数日後に発見・・されたのだった。彼らに共通することはただひとつ、花束に触れたという事実だけなのだ。

この頃になると、この奇怪な事件も全国的に知られるようになり無責任な噂話としてあらゆる界隈で広まってしまっていた。暇人がはるばる遠くから訪れては面白半分で花束に触れて失踪したあげくに発見・・される事態が続き、ついには花束が括り付けられているガードレールごと金網フェンスと鉄条網で囲むという措置がとられるまでになった。───もう少し早くこの判断を下していたのなら、30数名もの犠牲者を出さずにすんだのかも知れない───。

物事ものごとのおかしさに気が付いていても、それを他言する人間ばかりではないのだと老いた母はポツリとこぼした。だってそうでしょう?あの花はいつも綺麗で、枯れたりしなかったもの。誰が新しい花束に取り替えているのか…私は知らないし、もしかしたら誰も知らないんじゃないかしら。そう言いながら母は無意識に自分の腕を抱えるようにして身を守る。実際にフェンスに囲まれて誰も足を踏み入れることが出来なくなった後でも、花束の花は美しく咲いていて枯れた様子はただの1度も見られなかった。この花を調べようとした有名なYouTuberがフェンスを乗り越えてまで侵入した動画はかなりの再生数を稼いだらしいと聞いたが、残念なことに本人はもはや知るよしもない。

「ねぇねぇ、あれなぁに?」とあどけない顔で聞いてくる我が子には、この街に昔から伝わるおさだまりの交通事故云々うんぬんを言い聞かせておく。大抵の子どもはこれで興味を失くしてくれる…もっとも成長するとともに本当にあった怖い話をいつかは知ることになるのだろうが…。呪いの象徴のような立ち入り禁止区域をかこうフェンスも、現在では電柱よりも高くそびえ立っていた。もっと堅固な隔壁かくへきが建造されるように行政に働きかける動きがあるのは、花束に触れようとする侵入者が絶えないためなのだろう。そうして時は流れて、花束に触れた人の家族やその同志達が供えるたくさんの花で溢れたフェンスの周りはいつの間にか百花繚乱の観光スポットと化して人気を博していた。地元に住む私たち近隣住民にとっては不気味な心霊スポットに他ならないのだが、定期的に枯れて散りゆく花々に覆われて肝心の花束が埋もれているのはもしかして良い事なのかも知れないというのが共通認識であり暗黙の了解でもあったのだ。

深夜に行き交うサイレンに目を覚ました住民たちは火災が起きている場所を知って嘆息することしか出来なかった。花が燃え、囲いが崩れ落ちても…あの花束は明日も綺麗に咲いているだろうことに何の疑いも持てなかったのだから─────…

行ってはダメと言われると行きたくなる。触っちゃ駄目と言われると…?

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