二等辺三角形からビームを発射
「お前は何を言っているんだ?」
俺の頭の中ではクエスチョンマークが狂い咲いていた。ファミレスのテーブルを挟んだ向かい側で友人が真面目な顔をしてうなずいた。
「直角三角形じゃなくて二等辺三角形なんだ。」
ますます意味がわからんことを宣い始めた奴に、軽い頭痛がし出した俺は思わず渋面を作る。反面、また始まったのかと呆れにも似た諦めの感情がよぎった。こいつはこういう奴なんだよ…理解しようとするな、感じろ!!
奴が言うには職場の非常階段で幼女の霊が妹を襲った際、妹が二等辺三角形からビームを発射してこれを撃退したという事らしい───なんだって?いったいどういう事なんだ───??
「お前は何を言っているんだ?」
…そしてまたフリダシに戻ってしまう。奴は俺の困惑には一切構わずに証拠の遺留品とやらを懐から取り出した。人目をはばかるようにテーブルの隅に置いたソレはどこから見ても三角定規だった。
「正気か…???」
俺は奴の顔と何の変哲もない三角定規を何度も交互に見た。奴は本気だ、伊達に長い付き合いをしているわけじゃないので…次に言い出す言葉には大方の予想がついていた。
ガゴンッ…と重厚な音がしてズ…ズズ…ズ…と何かを、恐らくはかなりの重量物を引き摺るような音が続いた。─────深夜の住宅街、行き交う人はおらず静謐さに耳が痛むばかりの路地裏の舗装路から彼の者は這い出して来る。着物も帯も髪も振り乱し、いっそ哀れな有り様の彼の者はヤモリのような動きで器用に這って道を進んでいく。蓋を開けて出てきたマンホールから30メートルも進まないうちに彼の者はピタリと動きを止めた。視線なのか、気配だかを感じとった様子で周囲を見渡していた彼の者は首をグニャリと捻り真上を見上げる。そこには電信柱にしがみつく男達の姿があった。
「見える!!見えるぞォ!!」
透明プラスチックの三角定規の穴を覗きながら興奮したように政志ははしゃいだ。
「おい…!静かにしろ馬鹿。誰か起きちまうだろうが!?」
同じく電信柱にしがみついたまま(心持ち)小声で注意する。ビデオカメラをまわしているが異常なものは映ってなどいない。三角定規の穴から覗いていないからだろう。そもそも“着物姿の幽霊が夜な夜な徘徊する住宅地”なんて都市伝説を頭から信じる方がおかしいのだ。おかしな政志は二等辺三角形の定規の穴に指をかけ、拳銃のように構えた。いつぞや監視カメラに捉えた妹と悪霊の対決の瞬間と同じように定規の鋭い切っ先を彼の者に真っ直ぐと向ける。
「成仏してくれよな!!」
そう言って全身全霊の気力を込めてトリガーを引き絞った…(無論、三角定規に引き金などはついていない)
何かが起こるはずもなく。
彼の者は落ち窪んだ眼で頭上の獲物を見据えていたが、やがて彼らの掴まる電信柱の真下に進んで行った。もちろん獲物を逃がさず、刈り取るためだ。逃がさぬ、絶対に。逃がしては駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目なんだ。ペタリと冷たい柱に手をつける。上まで登ることは造作もないと分かっている。獲物は騒々しく喚いていて、彼の者は乏しい表情に笑みに似た歪みを浮かべた。
刹那に奔る閃光。彼の者は光とともに消し飛んだ、ように見えた。政志達の視線の先には政志の妹、智香の姿があった。そして彼女の手にはレトロチックな教員用の木製巨大三角定規が握られていたのだった。
「智香!!助けに来てくれたのか!!」
「ふざけんじゃないわよバカ兄貴!!!!!」
カンカンに怒った妹は般若のような形相をしていて、彼らを震え上がらせた。
「絶対に行くなって言ったわよねぇ!!お兄ぃが行かないって約束したから父さんと母さんには内緒にしてあげてたのに!!」
「…まぁまぁ智香ちゃん…。」半端に擁護しようとした俺は、彼女のひと睨みで押し黙る。
「…昴さんも同罪ですよ?」
普段は茶目っ気のある温和な娘なので落差に驚くが、こっちの方が素に近いと薄々思ってはいる。
謝りに謝り倒して何とか機嫌を(ある程度)直してもらったあと、いつものファミレスでチョコレートパフェを頬張る智香に三角定規の秘密を恐る恐る尋ねてみた。曰く、歪な幾何学模様には悪いチカラが宿りやすいので鋭利な二等辺三角形を使ってはみ出した歪みを切り捨てることが出来るのだと。成る程わからん。直角三角形は完全な図形なので用をなさず、二等辺三角形の中心から天辺へと迸るエネルギーを増幅して解き放つことで所謂霊光を発現させ霊体に浴びせて目眩ましさせることが出来るのだと。成る程まったくわからん。─────ん?めくらまし?
「目眩ましなのか?あれ。」確認する。
「目眩ましよ。まぁ、少しくらいは弱るみたいだけど。…成仏させるとか不可能だから。」
三角定規じゃあ無理でしょ。智香はそう言ってファィティングポーズをとる。拳の方が無理だろう─────!!?!?
ガゴンッと重々しい音がした。着物も帯も髪も振り乱した、ヤモリのような動きで這う怨霊が獲物を求めて街に繰り出していく。その姿は二等辺三角形の定規の穴からしか見ることが出来ないらしい。
~都市伝説に新たな付加設定がついた記念日~
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