会釈するご近所さん
それは梟の羽ばたきのような静かさだったと、後になってから思い出す。
ふと目覚めた私は、窓を照らして明滅する赤い光に気がついた。起き上がってカーテンを引くと、狭い道を挟んだすぐ向かいの住宅の前に救急車が一台停まっている。自室の時計に目をやれば二十三時を示してあり、サイレンを鳴らさずにいた理由にも納得がいった。
好奇心に突き動かされた私は、サンダルを引っかけて玄関から出ると隣家の壁に身を隠すようにしてこっそり様子をうかがう。暗闇の中で息を潜めて覗き見ている後ろめたさを感じながらも、非日常のスリルを味わうことの甘美さに我知らず頬は緩んだ。
しばらく待っていると、毛布に横たえられた老婆を三人がかりで運搬する救急隊員の姿が見えた。彼らは戸口の先に置かれたストレッチャーに老婆を寝かせると、迅速に車内へと収容していく。───その後ろを老婆の身内と思われる一人の女性が付き従い、救急車へと乗り込んでいった。
こんな遅い時間に大変ですねぇ…と、同情半分で彼女に脳内で語りかける。
「すみません。お騒がせしまして。」と、夜の静寂の中でその声ははっきりと私の耳に届いた。
───え…?一瞬呆けそうになりながらも声がした方に目を凝らすと…
開け放した救急車の後部で座した姿勢のまま会釈する付き添い女性の、申し訳なさそうな…それでいて苦笑じみた表情が目に入った。目と目がしっかりと合い思わず息をのむ私に向かって、三人の救急救命士達もそろって会釈をしてくる。
??????!!ッ!?
咄嗟の出来事に混乱する私を尻目に、音もなく回転しながら辺り一帯を照らしていた警光灯が消えた。そして瞬く間に救急車はその形を様変わりさせて、梟の羽ばたきのような静かさを湛えたまま滑るように発進して行く。
奇妙に長い胴体をした黒一色のリムジン型のそれを、未知なる体験に興奮して高鳴る鼓動を落ち着かせつつ見送りながら…私はとりあえず合掌したのだった。
翌日、自宅前に救急車が停まっていたまでがセットでよろしくお願いします🙆
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