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【怪談】朽ちぬ人形

たんぽぽの咲く頃に… 怪談・奇談
怪談・奇談
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怪談「生きた人形」

怪談「生きてない人形」

朽ちぬ人形

浄霊庁㊙️ファイルNo.■■■■■■■ [成長する生き人形]固有名:神崎撫子なでしこ 通称:ナデシコドール [概要]一番最初の生き人形。神崎龍三りゅうぞう(故人)の一人娘として生を受けたが夭折する。人魂ひとだま移りを経て人形のからだにとどまり続けている。幼年期、青年期、中年期、老年期と「人」と同じ速度で加齢しているとみられる。そのメカニズムを明らかにするためにも生捕るよう厳命が下されている。

[生き人形]固有名:■■■■ 通称:ベイビードール [概要]ナデシコドールがかどわかした乳幼児たちの成れの果て。不完全な人魂移り故か自我が育つことはなく赤子の本能のままの存在と化している。総数は不明である。

私は腹立たしい思いでファイルを閉じた。こんな短い文章には収まりきれないほど多くの捜査官や、決して少なくはない民間人の犠牲者がいるのだ─────…彼らの命を何だと思っているのだろうか…。ナデシコドール捕獲の重要性はわかっているつもりだが、これではあまりにも非情すぎる。人道にもとるのではないだろうか。五十数年前にナデシコドールの手によって命を落とした父親の顔を思い浮かべ、その朧気おぼろげな輪郭にすがるように頭の中で話しかけた。お父さん…必ずあなたの仇を討ち、無念をはらします。若くして亡くなった父よりも老いさらばえたおのれの右腕に力をみなぎらせて誓いを立てた。───その昔、ベイビードールにもぎ取られた左ひじから先には古めかしい義手を取り付けてある。ああ、そうだとも。こいつの礼もしないとな。

某日早朝、■■県■■市内の山間部廃屋にて火災が発生。消火活動に従事した消防士の証言によりベイビードールの巣を特定することに成功した。不特定多数のベイビードールによる襲撃により当該消防士以外の生存は絶望的であるとみられる。[注釈]遺体(頭部)の回収は不可能である。

某日深夜、■■県と■■県をまたぐ広域大捜索の結果ベイビードールのむくろの回収に成功した。二月ふたつきにわたる大捜索の期間内に殉職者12名、重軽傷者29名を出すことになった。[注釈]ベイビードールの骸は調査後に焼却処分。調査結果は別紙を参照。

まるで蛇の脱け殻のようだと思った。我々が回収できたベイビードールの残骸ざんがいはいつもただのガラクタだった。ずっと赤子のままだと思われていたベイビードールも実際は成長しているのかも知れない。母であるナデシコドールと同じように…。人魂移りとはその名の通り魂を移す事である。「魂の成長」に合わせて人形ひとがたから人形ひとがたへと、移ろっている可能性が非常に高いのだ。─────我々はダミーを掴まされている─────…私は確信していた。

頬を撫でる優しい風にふと顔を上げる。樹上では小鳥がさえずり木漏れ日が降り注いでいた。…こんなに穏やかな日は久しぶりだと菫(すみれ)は感じていた。近頃は彼等・・の追撃をかわすためにあらゆる手段を用いており、心の休まる時間を取れなかったのだ。…でも、もう大丈夫。もう安心だわ。私たちは安息の地を手に入れたのだから。そう自分に言い聞かせるようにして菫は花壇の手入れを続けた。色とりどりの三色菫パンジーやビオラが咲き誇り、まるで春の訪れを一緒に喜んでくれているかのようだった。花が好きだった母もきっと笑顔で見守ってくれているだろう。

某日■■時■■分頃、ドール達の生息地を断定。■■県■■市■■町から約250km沖合いの無人島■■島にて動くマネキンのようなものを視認したとの報告があり、数ヶ月に及ぶ偵察の結果■■島内にドール達が築いた村落のようなものを確認した。[注釈]村内には大人型のドールが多数存在しており昨今のベイビードール減少理由を裏付けた。

某日■■時、ドール殲滅に向けた軍事作戦の決行を開始。

彼等は「人」だと認められてなどいない。いくら人をかたどり姿を似せようとも、決して我々の社会の一員として迎えられることはあり得ないのだ。私は報告書に添付されている望遠写真を見つめながら、なんと陳腐な光景なのだろうかと眉根を寄せた。服を着た大勢のマネキンが「人の暮らし」を真似ている。この■■島は平成初期まで有人島であったため村落の残骸ともと言える廃墟が点在しており、ドール達はそれらを修復したり改築して暮らしているようだ。彼等の多くはマネキン然とした顔をしているが、時折写りこむリアルな彫刻染みた顔を持つドールの姿に私は怒りを抑えることが出来なかった。…人形どもが犠牲者の頭部を根こそぎ持ち帰るのはこのためなのだ…悪鬼どもめ!!!際限なく膨れ上がる自らの憎悪にのたうち回りながら奴らを自分の代で根絶やしにするという大願の成就に私は暗い喜びを見出だすのだった。───それでも願わくば、父に直接手を下したナデシコドールをこの手でバラバラに引き裂きたかった───!!!

今日はいつになく鳥が騒がしい。嵐でも来るのかしらね、と隣を歩く少年に菫は話しかけた。ただの風だよ、とぶっきらぼうに返す少年は反抗期なのか…それでも母の墓参りには必ずついてきてくれる。とても優しい子だ。

母が眠る墓の周囲にはいつも沢山の花が供えられている。母…撫子は本当に花が好きだった。母の父、私達にとって祖父にあたる人も花や植物が好きだったらしい。祖父が母の魂を人形に移し、母が私達の魂を人形に移して私達みんなが家族になったのだ。母が突然動かなくなり眠りについたその日から、新しい赤ちゃんを迎えることはなくなった。魂を移すことは母にしか出来ない事だったのだ。私達もいずれは寿命が尽きて永遠の眠りにつくのだろう。私達は滅びゆく未来を受け入れていた。

某日■■時■■分、■■島における大規模な軍事演習・・・・が終了。その後の島内調査報告は別紙を参照すること。

浄霊庁㊙️ファイルNo.■■■■■■■[成長する生き人形]及び[生き人形の村]■■■■年■■月■■日、自衛隊による殲滅作戦により壊滅。通称ナデシコドールの墓標を発見、遺骸を回収済み。蘇生を試みる予定である。

蘇生の失敗を祈る。

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