猛毒花火
何かがおかしい───そう感じた時にはもう遅いのだと今なら理解できる。何もかもが終わった今だからこそこうやって冷静に当時を顧みる事が可能なのだ───…
───その日は特に蒸し暑かった。だから窓を閉めきり車内をキンキンに冷やして走行していたんだ。運転席には妻が座ってハンドルを握り、助手席には俺。ラジオからは懐かしいバラードがゆったりと流れ、俺たちは他愛のない会話をしたりして週末のドライブを楽しんでいた。
パパパァーーーーーーーーー!!
突然クラクションが鳴り響いたのと同時に、まるで連鎖したかのように前方後方あらゆる方面から轟音と悲鳴が響き渡った。歩道の群衆が空を指差して大声で喚いているのが閉めきった車内からも見てとれる。そちらに首を傾ければ、信じられないことに噴煙を引き連れたミサイルのようなものが複数機並列した状態で上空を横切っていくところだった。嘘だろ…
整然と隊列を組んだ一糸乱れぬ兵隊のパレードのごとく夏の夕空を往くミサイルのような飛行体はスピードを落とすことなく巡航しながら分裂を重ねて瞬く間に数十体の小型ミサイル群へと姿を変じた。そして地上の人々が固唾を飲んで見つめるわずかの間に分裂を繰り返し、空いっぱいに散らばったそれらが示し合わせたように一斉に爆発したのだ。───否、ただの爆発ではなく色とりどりの火薬を用いた───花火のように派手で華麗な散り様だった。
今の時点で正確な情報を知り得ている者は限られたほんの一握りしか居なかった。実際には同日同時刻の領空内全域においてこの不可思議な“航空ショー”は催されており、多くの人々は全容を知ることも叶わずに空中にバラ撒かれた微細なそれを吸い込んでいたのだった───…
非現実的な状況を目の当たりにして興奮冷めやらぬ俺たち夫婦は、路肩に停めた車内で推論しあったりラジオの最新ニュースを聞き漁ったりしていて異変に気付くのが遅れてしまった。なんだか様子がおかしいと感じた時には既に遅く、抗えない何かの力に屈するように意識を失っていた。そして…
俺が目覚めたとき、運転席の妻は死んでいた。彼女だけじゃない…見渡すかぎりの一面に人が倒れ伏していて、微動だにしていなかった。車から降りて運転席側へとまわりこんだ俺は、すっかり冷えてしまった妻を抱きかかえて…これからどうするべきなのか途方に暮れてしまった。支え合い手を取り合って歩む伴侶はもういないのだ。───カーオーディオから雑音とともに聞こえてくる“生存者は駅に集合せよ”とのあからさまに不審な呼び掛けに応じるしか…道はなかった。
思いのほか生存者がいたらしく、後部座席に妻を寝かせたまま最寄りの駅までノロノロと進む道中に同じく走行中の車と歩行者を確認できた。もちろんむやみに近寄ったりはしない。最大限に警戒しなければならないと本能が告げている。…本能…?違う…これは…?───たどり着いた駅前の広場には某国の国旗がペイントされた軍用ヘリコプターや装甲トラックが展開してあり、さながら戦争映画を思わせる様相を呈していた。俺を含めた生存者達は一ヶ所に集められて彼らのボスである“将軍”とやらの演説を聞かされることになった。彼らは通訳を介さずとも翻訳された洋画並に流暢な日本語を話していて、その時点でもう違和感がバリバリMAXだった。俺たちをナメてんのかチクショウ───…
そういうわけで日本は壊滅してしまいました!!大勢の人が死んでとても悲しいですが、悲しみに負けてはいけません!!我々と共に立ち上がり敵を倒しましょう!!ここにいる皆さんは選ばれた戦士───…
もう限界だった。これ以上奴らの茶番に付き合う必要などないだろう。俺は両手を腹の辺りで組み合わせ、気を練り何倍にも増幅させて敵のボスに向かって気合いごと両腕を突き出した。
「っ波ァーーーーーー!!!」
轟音とともに発射された巨大なエネルギー弾が直撃して木っ端微塵に砕け散ったはずの“将軍”が真の姿を現して怒りの咆哮をあげた。奴はまだ二回変身を残しているはずだ…俺の直感がそう告げている。いやただの直感じゃない、生き残った俺たちは常人を超越した能力に覚醒していたのだ。周囲でも戦闘が始まり巨大な蟹のような敵と小柄なおばちゃんが凄まじいスピードで飛び交い肉弾戦を繰り広げている。その向こうでは掌から生み出した“高速回転するエネルギー刃”を巧みに操りヘリコプターやトラックを破壊する技巧派の少年の姿があった。───皆、親しい人が理不尽に命を落とした事実に怒っているのだ───そしてすべては目の前の蟹どもの仕業だと本能が叫んでいる!!
俺たちは怒ったぞ…フリ…宇宙人ーーーーー!!!
そして生き残った地球人たちと蟹の戦争は激しさを増し…年月をかけ、辛くも地球の勝利で決着をつけることができた。国境を越えた同志たちの熱い友情やなんやかんやが戦士たちにげ…勇気?を分け与えて“敵のラスボス”撃破の決定打を放つことができたのだ。つまり元気な玉をチョコチョコッと作ってどうにかしたというアレだ。
瞼を開くと夫と目が合った。やだ、いつの間に寝ちゃってたのかしら…。起こしてくれたら良かったのに。拗ねたふりでそう言うと、夫は顔を綻ばして嬉しそうに笑った。もっとも家路につく車内で彼の摩訶不思議冒険譚を延々と聴かされることになるとはお釈迦様でも予想がつかなかったに違いない。ええっ?99個集めるとどんな願いも叶えてくれる玉があった?や~だぁ(笑)その数そろえるの難易度高すぎない?大爆笑している妻とその隣で幸せそうに笑っている夫の仲睦まじいシルエットが静かに遠退いていった。~END~
豆サイズ?それが世界中に散らばってるの?(大ウケ)
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