燃えているのは
パチッ…と小気味良い音をたてて枝が爆ぜた。辺り一面に漂う香ばしく焼き上げた肉の匂いは、若者たちの胃袋を刺激するには十分すぎるもてなしであっただろう。人の良さが満面にあふれている野良着姿のばあや達がニコニコとこんがりと焼けた肉を盛った皿を配ってまわり、おかわりは要らねぇか?飲み物は足りてるか?と甲斐甲斐しく彼らの世話を焼く。もてなしを受けているのは10代から20代はじめの若い男女数人で、喜色満面のばあや達とは対照的にまるで奈落に落ちたかような沈んだ表情で固まっている。そして誰一人として肉に手をつけている者はいなかった。
ばあや達の中にも純然たるヒエラルキーが存在するらしく、若者達の世話を焼かずにチビチビと箸を進めていた格上のばあやが機嫌を損ねたように声を荒げる。都会もんのクチにゃ合わねぇんだろうよ、こっただ田舎のメシなんてよぉ。どうせオレたちを馬鹿にしに来たんじゃろうが!!などと、口汚く罵りながら酒杯をあおる。格下のばあや達はお互いにを目配せを交わしたり苦笑いをしても、格上に逆らうことなく黙って様子を見守った。それは上官の指示を待つ訓練された兵士を彷彿とさせたのだが…何かの間違いだろう…ここは人間社会からも遠く隔絶された山奥の僻地なのだから。
返事すらしない若者達を憤怒の形相でねめつけていた格上のばあやが、ツイ…と箸を1人の青年に指し向ける。すると途端に彼らがガタガタと激しく身動きし始めた。格下のばあや達は見た目によらず腕力があり、自分達よりも身体が大きく必死に身悶えしている青年を有無を言わさず引きずるように連れていってしまった。やはり肉食は身体を頑健にするのかも知れない。青年が連れ去られた後も暴れていた若い女に格上のばあやが嘲るように言い渡す。心配せんでも次はあんたの番じゃからね、と。それが聞こえたのか聞こえていないのか若い女はギチギチに締めつけられた猿轡の奥で悲鳴をあげ続けていた。
ばあや達は怒っていた。腹に据えかねていたといってもよいだろう。年老いた自分達を塵のように棄てた家族や、役に立たない国と社会に心の底から憎悪していたのだ。やがて同じ境遇の老人達が寄り集まって力を合わせながら山を開墾し、汗水垂らして田畑を耕し自給自足の生活を作り上げ安息を得たと思った矢先に…奴らは文字通り土足で踏み込んで来たのだ。山奥にある“姥捨て村”には山姥が居るなどと言う馬鹿げた都市伝説を真に受けたのか、肝試し気分の若い連中がカメラを回しながらやって来るようになったのだ。
…そっちがその気なら…
ばあや達は失って惜しい物などもう何も持ってなどいなかった。大切にしていたモノはすべて向こう側に置いてきてしまったのだから…。なのに、それなのに───村を訪れる若者達との接触や会話が想像していた以上に心を苛むのだ。子や孫の顔を思い起こして懐かしむ者も居れば悲しむ者も居た。二度と帰れないとわかっているはずの世界の一端に触れて絶望してしまう。このままでは遠くないうちに村は崩壊してしまうだろう…。ばあや達は彼らの望んだ通り山姥となることでしか身を守る事が叶わないのだと思い知った。だから…
パチッ…と小気味良い音をたてて枝が爆ぜた。囲炉裏を挟んで向かい合う二つの影が揺らめいている。狩猟の拠点から戻ってきたじいやが、ばあやに留守中の経緯を聞いていた。そうか…とじいやの口数はいつにもまして少ない。じいやは憂慮していた…以前よりも迷彩服の獲物の姿を見かけることが増えたという事実が、村の終焉が近いことを裏付けているということに薄々気が付いているからだ。武装して攻め込まれたら為す術など無いのだ。それをばあや達に伝えても伝えなくても結果は変わらないだろう。今日の狩りで捕まえた二本脚の獲物の中に幼いオスが居ると聞いて喜ぶばあやの顔を見遣って、じいやは胸の内でそっと溜め息をついた。
ベロリ…と舌なめずりをするばあやの顔はまさに山姥そのものだった───。
生きることは食べること、生き続けることは食べ続けること。
コメント