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【怪談】生きてない人形

生きてない人形 怪談・奇談
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生きてない人形

どいつもこいつも浮かれてやがる…。休日出勤のうえに残業帰りの自分には面白くもなんともない事だからかも知れないが、祭りの後の雰囲気というものが毎度のことながら気にくわない。夜も11時になろうかというのに未練たらしく明かりがついた屋台群も、おこぼれを期待しているのかいつまでも屯(たむろ)している若者達も気に入らない。さっさと家に帰りゃいいものを…。しょうもないと分かっていても口から出るのが愚痴というもの。祭りの跡を横目で見遣り、私は帰路を急いだ。

暗闇にぼんやりとともる提灯が風に揺すられてカサカサと侘しげな音を立てている。そういえば台風何号だかが向かってきているとかいないとかニュースで聞いたような聞かないような…。もう少し速くこっちに来いってんだよなぁ~、流石に台風じゃ祭りも中止だったろうに。決して祭りが憎いわけじゃないのだが疲弊して荒んだ心身が我知らず毒を吐かせてしまう。人間という奴は働きすぎると生来持っていた心の余裕が失くなるだけなんだと心底思う。時間とは金銭と同等かそれ以上の価値あるものなのだ。

夜の静寂しじまに笑い声が響いて、ふと前方を歩く家族連れに目をやる。何組かの家族が祭りの余韻を楽しむようにゆっくりと歩いていた。若い夫婦達と幼い子供達が道幅いっぱいに広がって楽しそうに会話しながら家路につく姿に私は不本意ながらも妬みに似た感情をおぼえた。そもそも夏休みとはいえ小学生くらいの子供をこんな時間まで連れ歩くなんてどういうアレなんだ?まったく最近の若い親は…。やれやれ───と溜め息をつこうとした瞬間、間近に誰かがいることに気付いて息が止まる。ッッッ!?

いつから─────? 正直な疑問だった。すぐそばを人が歩いていて気配を感じないなんてこと…あるのか!? 小さな足音を聞き逃したのだろうか─────。その存在を意識し出したらどうにも気持ちが落ち着かなくなった私は、意図的に歩みを遅らせてみる。先へ、とにかく先に行ってもらいたくて堪らない焦燥感で動悸が激しくなっているのが自分でも分かるが何故なのかは知りたくもない。───花柄のふんわりとしたワンピースを着た若い女だった。真っ直ぐな長い髪を左右に流し、その背中には赤ん坊を背負っている。女は別段急ぐふうでもなく私を抜き去って行った。赤ん坊は眠っているのかぐったりと体をかしげていて、上向いた顔とぽっかり開いた口が提灯に照らされていた。まさか、死…

思わず動揺してしまい足を止めた私に呼応するかのように女も立ち止まった。赤ん坊はピクリとも動かない。私は振り向こうとしている女よりも速く振り返り脱兎の如く走り出した。人は警戒心が最大値に高まったら、声はもちろん呼吸さえも最大限にひそめるものだと初めて知った。…なのにどうして眼を見張ってしまったのか…、あの女のひじが人形のような球体で出来ていた事実を知らないままでいられたら良かったのに!!!

どのくらい走っただろうか。横道に逸れて車道を渡り、気づけば先ほど電車を降りた駅まで戻ってきていた。壁に寄りかかって息を整えている私にタクシーの運転手が心配そうに声をかける。…歩いてあの道を帰ることなど到底無理だと思った私は彼のタクシーに乗ることにした。彼はとても話好きらしく、尋ねてもいないのに最近この辺りで噂の怖い話などを教えてくれる。曰く、若い女の幽霊が出るらしい───とか。人形をおんぶしてさ迷っている───とか。おそらく赤子を亡くした母親の霊が成仏出来ずにいるのだろう───とか。ありがちな話を押し付けるように語ってくる。ルームミラー越しに私へ向ける顔には一介のタクシー運転手とは思えぬ鋭利で冷然な表情が浮かんでおり、私は否応なしに理解せねばならなかった。そういうことにしておきなさい、と彼は忠告しているのだ。今夜の事はすべて忘れるから、と私は許しを乞うように言葉を発して降車する。タクシーの運転手の格好をした「彼」はそれは賢明な判断だと言外に含めた笑みで私を見送った。

自宅マンションへと急いで歩く私の耳に潰された蟇(ヒキガエル)の悲鳴のようなものが聞こえたのは、そのしばらく後のことだった。そして───「彼女」が私達を見逃すはずもなかった至極当然の事実を知るのはエレベーターに乗り込んだ僅か数秒あとのことだ。階数ボタンを押すために振り返ると、そこには美しく着飾った血まみれの人形が居た………

新たに綴じ入れられた浄霊庁の『成長する生き人形』ファイルには「彼女」によって死亡または行方不明となった捜査官、及び民間人の数はうに20を越えたとの記述がある。その中には産まれて間もない赤子も含まれていることが記されていた。

理不尽だからこそ際立つのが怪奇体験なんだよなぁ

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