生首ころころ
昔々あるところに、とても仲の良い母子が住んでおったそうな
「おっ母さんがお父っつぁんの分まで一生懸命働いてくれたおかげで、オラはここまで大きくなれました。これからはオラがたくさん稼いでおっ母さんに楽をさせてあげるからね。」
おっ母さんは涙を流して喜びました
「立派に育ってくれてありがとう。天国のお父さんもあなたを誇りに思うことでしょう。」
自慢の息子は殿様に仕えるため都へと旅立ち、お正月になると郷に帰って来るようになりました
ある年の暮れ、おっ母さんは息子からの便りを受け取ります
筆不精な息子が久方ぶりに寄越した文には、生きて再会することが叶わないということ、そして先に逝く親不孝をどうか許してほしいと震えた文字で綴られておりました
「どうして…どうして…?」とり乱すおっ母さんのもとに、変わり果てた息子の【首】と【胴体】が届けられたのはそれから少したった頃のことです
「どうして!!」
葬義をすませ脱け殻のように空っぽになったおっ母さんを、とても不憫に思った息子の知人が知りうる限りの顛末を聞かせてしまいました
───おっ母さんは命を懸けて息子の仇を討つことを誓うのでした───…
\ホー/ 🌘 \ホー/
今宵はえらく肌寒い。こんな夜はとっとと家に帰ってかかあのメシを食いながら熱燗でもきゅっとやりてえもんだ。そんなことを考えて呑気に笑みをこぼしながら男は家路を急いでいた。ふと曲がり角の手前で歩みを止めると素人まるだしの殺気を放つ曲者に誰何した。
「そこに居るのは誰だい?あたしに何か用でもあるってのかい?」
闇夜の暗がりからすぅと現れたのは上から下まで白一色の着物を着込んだ白髪混じりの女が一人。骨ばった華奢な手に抜き身の短刀を構えて名乗りをあげた。滔々と語る内容に耳を傾ければ、倅の仇討ちにと態々田舎から出張ってきたらしい。大人しく倅の墓守りをして暮らせば良かったものを───…
「お袋さん、あんたに恨みは御座いませんが、刀を向けたからには覚悟を決めてもらいましょう。」そう言って腰の刀に手を掛ける。
「笑止。お前様の首を落として息子の墓前に供えねば死んでも死にきれませぬ。」
チャキッ
───…刹那のあと、右肘から先を斬り飛ばされて叫び声をあげる男の姿がそこにあった。どくどくと血が溢れ出る切り口を必死におさえながらのたうち回る。
刃に毒を塗るのは卑劣だと唾を飛ばしてがなりたてれば虫けらを見るような眼で射抜かれ黙らせられた。呻きながら無様に這いつくばる男のかつての右腕を拾い上げた女は、きつく握り締められた指を一つ一つ開いて男の刀を奪い取る。
うすら寒い微笑みを浮かべながら近づいてくる女を凝視している男は、女の背中に大きな風呂敷包みが背負われていることに気が付きはしたが毒によって朦朧としていたためにその理由を知ることが終ぞなかった。
───息子の首を斬ったであろう首切り役の刀で憎い仇の首を切り離したおっ母さんは、その生首を背負った風呂敷包みに無造作に押し込んだ。細い三日月を覆っていた墨色の雲が流れ去り闇を散らせば、おっ母さんの白装束はぬらぬらとした返り血で真っ赤に染まっていたのだった───…
よくよく目をやれば、その赤は乾いたものと濡れたものがあることが分かるだろう。そして背負った風呂敷包みにはごろごろとした歪な丸い何かが幾つか詰め込まれていることも。
「撃ちなさい。」最高責任者である御仁は冷徹な声で何の感傷も持たずに命令を発した。無線機で指示を受けた狙撃手が遥か数百メートル離れた場所から標的を狙撃する。後頭部を撃ち抜かれた女は前倒しに吹き飛び、地面に臥した。風呂敷包みの中身が四方八方にごろごろと転がっていく。その一つは“翁”と呼ばれて恐れられていた隠密の生首であることがスコープ越しにはっきりと確認できた。
“翁”も“首切り”もすでに用済みの烙印をおされて処分を待つだけの身とはいえ、城に半生を捧げたあげくこんな末路を辿ろうとは思いもよらなかっただろう。いくら忠義を尽くそうがそれに見合う見返りが無いのならば、見切りをつけるという選択肢もあったというのに…。もはや論じる意味すらありゃしねえ。
隣国の城の首狩りに陥落してあっさりと鞍替えした狙撃課のエースは、救いようのない冷血漢として名を轟かせる現雇用主でもある閣下が居る方向へ銃身を向けた。もちろん彼の御仁の首を手土産にする腹づもりである。己に無益な忠義など最初から持たぬが花よ…
大当たり~
【首】シリーズ前編は↓からどうぞ~
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