部長さんと霊安室
憎い憎い憎い憎いアイツのせいで俺はああああああああああああの野郎おおあああああああ何でなんだ俺は悪くない悪くない悪いのはアイツらだアアちくしょうこん畜生がアアアアアアアアアもう駄目だ終わった終わった最後だダメになったんだアアアアアアアアアアイツらも許さない許さない道連れだみんなみんな皆ミンナ一緒に燃やす燃やすぞぜんぶ燃やすぞ燃えろお!!
テレビ局のスタッフ「えっ?はっ?何ですかあれ?」中継レポーター「やだ‼️ガソリン⁉️灯油⁉️撒いてるんじゃないの‼️」周囲一面のざわつきが大きくなっていく。こんな場所で─────と思わなくもないが、観光客がごった返す●●タワーの入り口を選択したのは誰も逃がさないと言う犯人の目的を考えれば納得がいく。清掃員が掃除道具を運ぶカートに禍々しいブラッドオレンジ色の携行缶とポリタンクが幾つか乗せてあるのが離れた場所からも見えた。波が引いていくような戸惑いの後、鋭い悲鳴が其処彼処から上がった。
目が覚めるとベッドの上だった。─────俺は失敗したのか?アイツらを逃がしてしまったというのか?冗談じゃない、戻らなければ…燃料はまだたくさん残ってるんだ。全部燃やし尽くすと俺は誓ったんだ!! 身体を起こすとまるで羽根が生えたかのように軽く、聖母に優しく抱き抱えられているかのような温もりに包まれていた。そうだ、やり遂げるんだ。男は立ち上がって部屋から出ようとした。「駄目だ!この部屋から出るな!!」間近で声がして仰天する。「なッ?誰だ?」周りに人の気配はない。「どこだ!?」
「ここだ。」下だ!!ベッドの下に誰かが居る!!!心臓が早鐘を打ち始めた。「何をしている?誰なんだお前は!?」「僕は…サラリーマンだ。」「????????」なんだって!?何故サラリーマンがそこに!?「この部屋から出たら君は後悔するぞ。」「!?」「僕はしている…君のような悪い奴が居るのを知っていたら人間ドックは別の病院で受けていたはずだ。」ふざけるな!!!変な奴に構っていられるか!!!勢いよくベッドから飛び出す。
ゴトンッ! と音を立てて2つの黒い塊がリノリウム床を転がってきた。炭化した人間の頭だと直感が告げた。肉が焦げたにおい…「火事だ!!!」長い廊下には煙が充満し始めていて、真っ白い壁には炎の舌先がチロチロと反射していた。「君が火をつけたんだ。」ベッドの下のサラリーマンが責め立てるように言う。「なにを…!!」振り向き様に眼に入った光景にあんぐりと口が開いた。ベッドの上に自分が寝ている、それも半分は炭で半分は生焼けだ。ベッドの枕元に花だの線香だのが供えられた台が設置してあり、この部屋が何処なのか稲妻が走る一瞬で理解した。
うワオァあッ!!!!! 駆け出した男の後ろから煙と熱風が容赦なく追いかけて行く。全速力で待合室に走り込んだ男はこれ以上は大きく出来ないというくらい眼を見開いた。
居たぞ!!!あいつが犯人だ!!! 大病院とおぼしきフロアの端から端までを埋め尽くす焼け焦げた群衆が一斉に怒声をあげて自分を指差し突進して来る。ヒュッと奇妙な音が男の喉から漏れた。生身のままだったら尿も漏らしていたに違いない。窓っ!!窓だ!!!文字通り往生際が悪い男は逆走し始めた。さっきの部屋の窓から外に逃げられるはずだ!!!霊安室に飛び込み窓を力任せに開けて絶句する。何階だ…?降りようと覗き込めば地上は遥か下にある。そもそも霊安室に窓なんてあったか?ドラマでも見たことはない気がする。数秒呆気にとられた男はまたしても気が付くのに遅れてしまった。ヒュゥーーーーーガシャン!!! 上から狙い定めて落とされたテレビカメラが頭のおかしい犯人の頭に見事に直撃してその身体ごと窓から落下していった。
病院内に静寂が戻り、異常が去ったことを知らせてくれる。もちろん火事など起きている訳もなく、ベッドの上の遺体の顔には清潔な白い布が被せてあった。扉が開いたままの霊安室のベッドの下に身を潜めていた部長はスマートフォンでボソボソと小声で誰かと通話していた。「…はい。人間ドックの予約をしたいのですが、…はい。はい、来週の火曜に。はい。お願いします。」
出版社: KADOKAWA 出版社シリーズ: ISBN: 4041033753 (9784041033753) サイズ: 文庫 発売年月日: 2015年7月1日
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